「学校が好き」と言っている子供を見るとビックリしてしまう

子供が「学校大好き!楽しい!」なんて言っているのを見ると結構驚くというか、私にとってはわりと衝撃というか。

私自身、学校が楽しいと思った事は一度もなく、と言っても普通に友達はいたし(一瞬いなくなった時期もあったりしたけれど)、特にイジメられていたというわけでもない。けれどやっぱり学校が好きだと思った事は一度もない。

それが普通だと思っていた。何故なら、夏休み前になるとみんなウキウキしているから。学校に行かなくてもいいからウキウキしているのだと思っていたし、私はそうだったのだけれど、みんなは"自由に遊べる"という理由でウキウキしていたのかもしれないな、と今になって思う。

自由に遊べるとか、朝ゆっくり寝ていられるとか、テレビを見る事が出来るとか、私が学校に行きたくなかったのはそういう理由ではないのだけれど、じゃあ何が嫌だったのかというとハッキリとは分からないけれど、良く考えてみるとこんな事なのかな…と思い当たる節はある。

私は子供の頃から勉強も運動も全般的に出来なかった。だから授業は嫌いだったけれど、特に嫌だったのはテストではなく、手を上げていないのに先生から急にさされる事。クラス約30人全員が注目する中「分かりません」と答えるのは非常に恥ずかしかった。

体育も苦手で特に走る事が本当に苦手で、全員参加のクラス対抗リレーなんかはもう本当に嫌だった。マラソンも遅かったけれど、あれは個人競技だから別にいい。ビリでも辛いのは私だけだから。でも団体競技のリレーはとにかく重荷だった。皆に迷惑をかけてしまうというプレッシャーでいっぱいだった。

好きな教科は1つも無かったけれど、まだ"マシ"だったのは国語と音楽。国語に関しては「主人公の気持ちを答えなさい」みたいな問題は算数などとは違って、わりと大まかに答える事が出来るので楽だなと思っていた。音楽は単純に楽器や歌が楽しかった。

私は食べるのが遅かったので、給食はいつも時間内に食べ終わる事が出来なくて辛かった。「とにかく早く食べ終わらなければ」という思いで、味わう事なんて出来なかった。

そんな感じで学校というものはあまり好きではなかったので、朝起きると母に「頭が痛い」と嘘をつき、水銀の体温計を服でこすって37度くらいまで上げ「少し熱があるみたい」と嘘をついて時々休んでいた。

友達はいたけれど、今思うと「学校に行けば友達に会えるから楽しい」という感覚は無かったと思う。夏休み明け、久しぶりに友達と会う事も別に嬉しいと思った事は無い。今とは違い、毎日友達と会う事が当たり前だったからそう感じたのかもしれないけれど。

「当然みんな学校は嫌いだろう」と思っていたし「学校を休みたい」と思うのは普通の事だと思っていたので、「学校楽しい!」と満面の笑みで言っている子供を目にすると、私は結構ビックリしてしまう。そうなのか、そういう子もいるのか…と。

大人になった今「また子供の頃に戻りたいか?」と考えると、全く戻りたいとは思わない。また学校に通わなければいけないと思うと、考えただけで憂鬱だ。色々あっても大人の方がいい。

学校嫌いは勉強が出来なかった事も影響しているけれど、それよりもやはり私は、子供の頃から集団に混ざって行動しなければいけない場が苦手だったのかもしれないなと思う。勉強にしてもリレーにしても給食にしても、周囲と同じように出来ない自分が恥ずかしいという気持ちが常にあった。

しかし、そんな「恥ずかしい」という気持ちが学校嫌いに繋がっていたという事には全く気が付かなかった。ただ毎日なんとなく「嫌だなぁ」と思いながら学校に行っていた。

せめて中学生の頃、そんな自分の集団苦手という性格に気が付いていたら、もっと自分に合った道を探す事が出来たのかな…なんて思う。なんて今さら言っても仕方のない事だけれど。