やっと見つけた私の小さな取り柄を手放すわけにはいかない

ノートPCを開き電源を入れ、テキストエディタを立ち上げ、「さてブログに何を書こうか」と目を閉じて考えるも、何も浮かばない。

外をブラブラと歩いている時にも、自宅で食事をしている時にも、喫茶店でコーヒーを飲んでいる時にも「何を書こうか」と考えているのだけれど、何も浮かばない。

いや、全く何も浮かばないというわけではなく一応それなりに書き始めるのだけれど、途中で休憩し2時間後に再度読み返してみると「何だこの恐ろしくどうでもいい内容は」と、さっきまで書こうと思っていた"熱い思い"が急に冷めてしまったりする。

ブログネタが思いつかない事に焦り、「どうしよう」なんて思いながら必死に様々な事を思い描いてみるものの、どれもこれもどうでもいい事ばかりで、掘り下げて考える事が出来ない。

去年は1ヶ月に20記事以上書いていた月もあったのに、先月はたったの9記事だった。所詮ただのブログなのだから、書きたい事が無いのならやめてしまえばいい。所詮ただの趣味なのだから。

でも私はブログをやめる事が出来ない。それは、たった1年だけれどせっかく続けてきたのだから、やめてしまうのは勿体無いという気持ちもある。

でもそれ以上に。

ブログをやめてしまったら、私の唯一の"取り柄"が無くなってしまうのではないかという不安があるのだ。自ら"私の取り柄"と言ってしまうのもどうかと思うが、でも言わせて頂きたい。

私は本当につまらない人間で、昔から特技も無く、何かを極めた事も無く、卓越した知識も無い。何も無い空っぽな人間で、常に自分に自信が無く、そんな自分の事をいつもクズだとか虫だとか思いながら生きてきた。

もっと魅力ある人間になりたいという気持ちが強く、でも根本的につまらない人間性なのでそれを変える事は難しく、死ぬほど好きな事があるわけでもなく、自慢できる事があるわけでもなく、平凡でも凡人でもなくそれ以下で「本当に私はクソだな」と何度思ったことか。

こう書くと「みんなそうだよ」と言われそうだが、多くの人がそうである事は私も分かっている。しかし重要なのは"自分の思い"であり、みんながどうであるかなんて私にはどうでもいい。だから私は「みんなそうだよ」と言われる事が嫌いだ。

少し話が反れたが…。自分の考えている事を頭の中でまとめ、それを組み立て文章にして書き続けるという活動は、自分をクズだとか虫だとクソだとか卑下しながら生きてきた私にとって、ささやかではあるがやっと見つけた私の取り柄なのだ。

(もちろん文章にしても内容にしても、それが上手いか面白いかは別として。"書くという行動を続けている"という事に意義がある)

やっと見つけた取り柄なのだから簡単にやめるわけにはいかない。やめてしまったら、また私はゼロもしくはマイナスの人間になってしまう。クズで虫で自尊心の欠片もなく、他人を見下す事でしか自分の価値を見出せないつまらない人間になってしまう。

だから所詮ブログでも私にとっては大事な命綱のようなもので、ずっと続けていきたいし、自尊心を保つ為にも続けなければいけない。大袈裟だと思われるかもしれないが、私にとって"取り柄"は非常に重要なのだ。

さて、明日は何を書こうか。全く何も思いつかない。