年末年始を一人で過ごしていたら、私は何を考えていただろう

このブログには、過去1週間のアクセス数が多かった記事を「こんな記事がよく読まれています」という形で表示している。PCで見ると右側に、スマホで見ると記事の下にある。

ランキングが大きく変わる事はあまり無く、上位はいつもauガラケーの記事とお見合いパーティーの記事。このブログへのアクセスの6~7割は検索エンジンからなので、それらのキーワードで辿り着く人が多いようだ。

そんなランキングだけれど、年末年始は順位が入れ替わっていた。ここ1週間で最もアクセスがあった記事は"30代、独身女の年末年始は特に用事もなく、親と過ごすだけ"というもの。

訪問者が、どんなキーワードで検索してこの記事に辿り着いたのかは分からない。それは調べれば簡単に分かる事だけれど、敢えてそうしないのは、記事に辿り着いた人はきっと明るい気持ちではなかったであろうと想像するから。もちろん憶測ではあるけれど。

私と同じように独身で、年末年始に一人で寂しい思いをしていた、もしくは虚しい感情を抱いていた、もしくは未来に不安を感じてしまった…そして「同じような人はいるかな?」と仲間を探しているうちに、私のブログに辿り着いたのではないだろうかと推測している。本当に勝手な推測だ。

私自身は幸いにも両親が健在なので、今年も"帰省"という予定があったけれど、もし両親がいなくなったら、私はどんな風にどんな気持ちで年末年始を過ごしていただろうと想像してみる。

そもそも私は一人で暇な時間を過ごす事が好きなので、「やる事が無い」という状況は大歓迎。そんな性格なので、一人で過ごす連休に対してマイナス感情を抱く事は無いだろうと思う。

寂しいだろうか?と考えると、おそらくそういう感情も湧かない気がする。その時の年齢や状況にもよるのかもしれないけれど、とりあえず今の私は一人で過ごす事を寂しいと感じる事は無い気がする。それはやはり、"一人の時間が好き"という自分の性格のおかげというか。

とは言え、無感情でもないだろう。私が感じる思いは「寂しい」というよりも、「本当にこれでいいのか?」という、人生に対する焦りのようなものかもしれない。

何に焦っているのかを具体的に説明するのは難しいのだけれど、何と言うか…「私の居場所はここなのか?」「私は毎年こんな風に過ごしてしまっていいのだろうか?」というような。自分を必要としてくれる人や場所を探さなくていいのか?と。

そんな事を考えながら、年末年始を一人で過ごしているかもしれないなと想像した。

私にとっての帰省は、車を運転したり母親の手料理を食べたりと自分のささやかな楽しみでもあるけれど、それと同時に"親の為"でもあり、そこで自分の存在意義や自分の価値というものを無意識に確認しているのだと思う。

なので、帰省という予定が無くなり、一人で長い年末年始の連休を過ごしているうちに、自分の存在意義や価値について考え始めては悶々としてしまうのではないか…。そして、そんな気持ちを解消する為に、年末年始も忙しい仕事に就いているかもしれない。

なんて想像したけれど、考え過ぎだろうか。

しかしこういう感情は、すでに間違いなく私の心の奥に小さく存在しているとも思う。このブロクを更新し、読んでくれている人がいるという事を認識する事で、ほんの少しだけ自分の存在意義を確認しては少しだけ安心しているのだ。