ブログはやめないけれど今までよりも書く頻度は落ちると思う

先日のオールナイトニッポンで、オードリー若林さんが雑誌ダ・ヴィンチで連載していたエッセイを半年間休載する事になったと言っていた。

若林さんのエッセイは、社会や世間と上手く折り合いをつけられない自分についての思いや葛藤を面白おかしく書いていて、私も共感する部分が非常に多い。エッセイをまとめた本も出版されており、評判も上々《社会人大学人見知り学部卒業見込(Amazon)》。私も購入し、楽しくて何度も読み返した。

休載の理由について、若林さんはこんな事を言っていた。

「今までは書きたい事が沢山あったけれど、心に余裕が出来てきた事で思いつかなくなってきた」「揶揄されても、どう思われてもよくなってきた」「以前はビクビクして生きてきたけれど、様々な事に慣れてきた(例えばスタバでの注文など)」「以前は、自分と似た主人公の小説にボロボロ泣いていたけれど、最近は小説も読まなくなってきた」

芸人として売れる前は強い自意識を持ち、それについて悩んでいたけれど、売れて様々な事を経験した事で心が広くなったという事だろうと思う。

テレビで見ない日はないくらい売れているタレントとまるで同等のように話すつもりはないけれど、私自身もこのブログに書くネタが無くなってきており、それは以前ほど自分自身に悩まなくなったからだと思う。

私の場合は様々な事を経験したからというわけではなく、このブログを書いたり、本を読んだりしてきた事で、自分の個性や考え方を大切に思えるようになってきたり、世間とは違っていてもまぁいいかと開き直る事が出来るようになってきたから。あとは、年齢的な事もあるのかもしれない。

そんな風に、私も強い自意識がだいぶ薄れてきた事で書きたい事が無くなってきた。

正直な気持ちを言えば、このブログの更新を止めてしまうと貼っているアドセンス広告等の収益が無くなってしまうので、それはそれで貧乏な私にとってはかなりの痛手であり、それを避ける為にもブログを続けたいという思いもある。

しかし、私の頭の中は空っぽ。

以前のように強い自意識に悩み続けていればブログを続ける事も出来るけれど、それでは生きていくのが辛い。逆に、自意識が薄まれば楽に生きられるようになるけれど、それでは書く事が思いつかなくなる。

オードリーのラジオでは、若林さんの休載の理由を聞いた春日さんが「まぁいいのか悪いのかって話ですよね」と言っていたが、それはチマチマとブログなんぞを書いては数万円の収益を得て「今月は○万円貯金が出来るなぁ」とほくそ笑んでいた私にとっても同じような事だ。

収益の事だけではなく、このブログは私のアイデンティティでもあるので、それを大切に維持していきたいという思いもある。

だけど、私の頭の中は空っぽ。

恋愛の事も書いていきたいとは思いつつ、この歳で1から出会いを探す事はそう簡単ではなく、行動しつつもブログ記事にするような出来事はなかなか起きない。

人間関係も特に変わる事は無く変化の無い日々を送り、それは平和で良いのだけれど、ますます私の頭の中は空っぽになっていく。

そういうわけで私もブログをやめ… はしないけれど、今後の更新頻度はかなり落ちると思う。泣きたくなった時、嬉しかった時、楽しかった時、辛かった時、腹が立った時など、心に変化があった時に書いて、それ以外の心が穏やかな時には無理にネタを探してまで書くのはやめようかという風に思っている。

そんなわけで、今後はマイペースに更新していきます。