こじらせるってどういう意味だろうと疑問に感じ手に取った本

偶然見かけた「雨宮まみの"穴の底でお待ちしています"」というweb連載で雨宮まみさんの事を知った。連載が興味深く、自分と同世代という事もあり彼女の事を知りたくなって見つけた本が「女子をこじらせて」だった。

でもすぐには読まなかった。と言うのも、本の表紙とタイトルに抵抗があったから。この時の気持ちをどう表現していいのか分からないのだけれど。ありがちな「独身30代女性のあるあるネタ」が書かれているのかな、と想像した。

「"こじらせ女子"とは、こういう感じの女性の事を言います!」みたいな。「最近こんな女性が増えている!」みたいな内容かなと。"負け犬の遠吠え"に似た感じかなと。

こういう言い方はあれだけど、雨宮まみさんが特殊な仕事をしている事などから同世代女性の支持を得て「私、30代独身女性の代表です!」みたいな得意げな顔で、自虐ネタを交え軽快なトークを繰り広げているのかなと。

さらに私は"女子"という言葉も好きではないし、いかにもな感じの表紙も好きになれなかった。本のタイトルと表紙だけで勝手に内容を想像し、女性が集まる場所やモノに少しばかりの嫌悪を感じる私は読む事を躊躇していたわけだけど(ちなみに私は、Amazonのレビューは詳しく読まないようにしている)。

ある時、このブログを読んでくれた方から「アナタこじらせてますね」というメッセージをもらい、私の中で「そもそも、"こじらせる"ってどういう事を言うのだろう?」という疑問が湧き(自分が"こじらせている"なんて1ミリも考えた事が無かった)、この本の事を思い出した。

しかし先にも書いたように私はこの本に抵抗を感じていたので、パラパラめくり重要なところだけをかいつまんで読むつもりだったのだが、3ページ目で「あ、私この本にハマっちゃうな」と直感し、そして一気に読み終えた。

内容は私が想像していたものとは全く違い、雨宮まみさんの自叙伝だった。表紙の印象だけで読まず嫌いするもんじゃないね。

彼女の中高大のスクールライフやその後の仕事の事、同時にどのように"女をこじらせたか"が書かれている。特に職業については一般的とは言えないもので、そこに興味を抱く人も多いと思うのだけれどそんな事はどうでもいい。

何より私は彼女の"堂々としたこじらせっぷり"に感服した。ここまで自分を素直にさらけ出せる事が羨ましかったし、ここまで自分を掘り下げて自己分析して、それを堂々と語る事が出来る器の大きさに嫉妬すらしたし、夢中にもさせられた。

彼女の中にある"こじらせ"は私にとっては魅力的だった。それは多分(ちょっと表現が抽象的になってしまうが)、彼女からは女性特有の「つまらない匂い」がしなかったからだと思う。

本の終わりには、"モテキ"の作者・久保ミツロウさんとの対談が掲載されており、そこにはさらに"こじらせた"久保ミツロウさんの感情が吐き出されて、それもまた興味深い。その対談の終わりで久保ミツロウさんがこう語っている。

表現できることが自分の幸せだとしたら、こじらせるのは才能だと思う。

私がこの本で雨宮まみさんのこじらせっぷりに夢中になったのは、その才能に魅了されたからだ。彼女は才能に溢れていて、それを惜しげも無く放出していた。

雨宮まみさんは、人よりも敏感で繊細で頭が良いからこそ、一般人では抱えないような大きな"こじらせ"という才能を抱え、それを表現という方法で昇華したのだと思う。

私も「こじらせていますね」と言われたわけだけど、私なんて全然"こじらせている"とは言えないんじゃないかと。そう感じさせられた魅力的な一冊だった。